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紅花【下】

紅花【下】

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眠りの浅い妻を常日頃からその虚弱さと共に心配している身としては喜ばしい限りだ。

いちは布団の真ん中で丸くなっているのだろう、布団が膨らんでいる。幼い頃のままの愛らしい姿が想像できて微笑ましくもある。

いちは子供の頃から寒がりでー尤も病で熱を出して寝込んでいる事の方が多かったがーとかく今でも眠っている時でさえ暖を取るように仁吉にぴったりと寄り添ってくる。

愛おしさ、恋しさが一層募ってきて、仁吉は逸る思いのまま寝間着に着替えてとにかく一刻でも早く妻の側へ行こうと思ったが。

(臭い)

脱ごうとして手に掛けた己の着物に染み付いているかのような酒の匂い、食べ物の匂いーおまけにべたべたと迷惑を顧みず(とこれまた仁吉は腹立たしく思っている)くっついてきた遊女達の安っぽい(と批判的に仁吉は思っているが、勿論仁吉が招き入れられそうになったのは、大店連中の集まりが赴くに相応しい上構えの上�搗オいの、通常の客には権高すぎる店であった)脂粉の匂いに気が付いた。

それらの悪臭は、どうやら着物だけでなく己の髪や肌にも移ってしまっているような気がする。

仁吉の思うところ、清らかで純真なお嬢さんの側に侍るには、余りにも無礼千万な臭気だ。

(これではお嬢さんと共寝する訳にはいかないよ)

当然風呂などとうの昔におとされている刻限だ。

一瞬、井戸周りで行水でもと思ったが、長崎屋は穏やかな家風ではあるものの、その家格に相応しく小僧や下働き迄躾けも行き届いた、そこいらの武家などよりも余程きっちり厳しい仕来りと規律に縛られた商家である。

このような時間に怪しげな行動を取ったら、すぐに見回りか寝ずの番の者が飛んできて大騒ぎになってしまうだろう。(仁吉も流石に、長崎屋の人間相手に誑かすあるいは手荒な真似をする気にはなれない)

未練がましく暫くの間仁吉は、こんもりと膨らんだ温かそうな何とも魅惑的な布団を見つめていたが。

深く重い溜息を一つだけ吐いて、自分自身との折り合いを何とか付けた。

お嬢さんの寝顔だけでも見たいなどと思ったものの、愛らしい妻の顔を見てしまったら離れられなくなるのも己で分かっている。

寝間着を抱えたまま音を立てずに寝間を滑り出た。

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